普段着の住宅
講師:中村好文氏(建築家)
2003年2月22日(土)
三重大学講堂「三翠ホール」小ホール
去る2月22日、第17回建築文化講演会が開催された。三重地域会の事業としては、広く一般参加を呼びかける数少ない事業のひとつで、毎年好評を得ている。
今年は、講師に建築家で日本大学生産工学部住居空間デザインコース教授の中村好文氏を迎え、「普段着の住宅」と題して行われた。三重大学建築学科にご協力をいただき、キャンパス内の「三翠ホール」で開催されたこともあり、会場には多くの学生を含む200人近い聴衆がつめかけた。なかには、遠く兵庫県からの熱心な来場者もあり、この講演会を開催する意義を改めて感じた。
講演は、スライド上映を交えて進行された。通常、建築家の講演の場合、自作を映しながら解説するという流れが一般的だが、今回はどうも様子が違っていた。まず、ヨーロッパの古びた通りに面する何でもない住宅の窓から話が始まる。外開きの窓を固定する小さな金物がズームアップされ、その巧妙な仕組みとデザインが紹介された。次に、古い教会で見つけた目的に応じて3通りに開く窓。アメリカで見つけたフェンスの自在扉。李朝の家具。イタリアで買った食卓を照らすペンダントを自在に上げ下げする装置・・・・。中村氏が世界各地を旅して偶然出会った様々な小道具や家具たちが愛らしく紹介された。そして、それらにヒントを得てデザインされたという自作の家具がいくつか映された後、ようやく住宅の登場である。どうやら、ご本人の自邸のようだ。
スライドが進められた瞬間、住宅建築家の自邸という先入観による期待が見事に裏切られた。吉村順三よろしく、洗練された木造一戸建て住宅をイメージしていたのだが、そこに映し出されたのは鉄筋コンクリートの集合住宅だったからだ。空間の劇的な効果もない、目新しい独創もない、いわゆる「普通の」住宅である。しかし、それはコンクリートのスケルトンに自ら内装を施したもので、限られたスペースの各所に快適に生活するための創意工夫があった。空気の流れを想定した小さな通気口。脱衣室の穴とつながる洗濯機置き場。階段上部につくられた書棚と、そこに行くための可動通路。楕円形の木製風呂桶。段ボール箱を使って微妙な高さを検討した家具など、前衛建築家の講演では聞くことができない生活感あふれるものばかりだった。
最近の建築雑誌に掲載される住宅を評して、「構造家と組んでどれだけ過激で新奇なものをつくれるかというアイデア合戦。斬新さや作品性を声高に主張するばかりで健全であるとは思えない」と言う。一方で、地域風土に根差した自然素材派が台頭しているが、自然素材にこだわり、木や土に執着し、いつのまにか懐古的民芸調住宅に収束していくケースも多い。「木が大好きだ」と言う中村氏は卓越した知識と経験で内装や家具に様々な種類の木を使うが、そういう執着からも距離をおく。無理もなく無駄もなく「そこで生活する人のために素材やディテールを工夫して、身近な部分にユーモアやウィットに富んだデザインをする」ことは、自らの建築スタイルや様式を主張する前に、時代や地域を超えて建築家に求められる本来の仕事のように思えた。そして、工夫すること、デザインすることが大好きで、なによりも生活する人間が大好きな建築家なんだと感じ、その姿がとても清々しかった。
「コンセプチュアルな建物で人を驚かすのではなくて、日常の暮らしのなかで良いものを生み出してほしい。歴史に残る前衛建築家のリートフェルトにも理論建築家のルイス・カーンにもしっかりした素材の扱いとディテールがあり、その素晴らしさは自分の目で見て触ればよく解る。」と締めくくられた。
恒例になった講演後のサイン会にも長い列ができ、お疲れのところを一人一人と丁寧に話されながらサインをつづける中村氏の姿が印象的だった。その傍らを通り過ぎる学生たちの「おもしろかった」という声が耳に残っている。抽象的な建築論よりも身近なデザインに建築の魅力を感じたのだろう。
会場を移しての親睦会の席では、事務所でつくったという半纏を披露してくれた。背中にT定規、襟には「好文組」と染められたもので、「地鎮祭や上棟式に着る事務所のタキシードなんです。」と、うれしそうに語る。その笑顔には、日々の暮らしは「普段着」がいいけど、晴れの日には「よそ行き」を着ますよ、という独特のユーモアが隠されていた。
(建築デザイン研究所 村林桂)