二見浦旅館街と鳥羽の町を訪ねて
2001年10月27日(土)
回の建築ウォッチングは、『二見浦旅館街と鳥羽の町を訪ねて』と題して10月27日、秋晴れのもとで行われました。二見浦の御塩殿にはじまり、旅館街、鳥羽の街並み、金剛証寺の順に貸切バスで移動するという行程です。一般の方32名、会員15名、総勢47名の参加者がありました。
<御 塩 殿>
神事につかわれる堅塩を毎年200個ずつつくっている伊勢神宮の所管社。浜側に、天地根元造といわれる珍しい構造の御塩焼所と御塩汲入れ所があります。
偶然、62年間管理を任されているという吉井さんに出会い、貴重な体験談を聞かせていただきました。参加者一同、熱心に耳を傾けていました。
<賓 日 館>
明治20年に賓客の宿泊施設として建設され、明治44年に隣接していた二見館に払い下げられ別館となりました。その後、大正初期と昭和初期の2回に渉る大がかりな増改築を経、現在の姿になりました。歴代諸皇族をはじめ各界要人の宿として親しまれ、その歴史性から見ても日本で有数の木造宿泊施設の一つで、国の登録文化財に指定されています。
唐破風の玄関や百二十畳の大広間、屋久杉を使った天井など、高度な技術で裏付けされた品格のあるデザインを前にして、多くの参加者から感嘆の声があがりました。
<朝 日 館>
二見浦旅館街のもうひとつの歴史的宿泊施設である朝日館では、営業中にもかかわらず、快く客室や大広間を見学させていただきました。清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀も宿泊したという豪華客室では、建具や調度品にわたって厳選された一級品を見ることができました。
<鳥羽の街並み>
鳥羽は水軍大将九鬼嘉隆の城下町で、山側に当時の遊郭や置屋が残っている街並があります。観光客はほとんど立ち寄らない静かなエリアで、観光スポットの真珠島や水族館がある海側とは対照的な趣が残されています。起伏の激しい地形を上り下りしながら、御木本幸吉生誕の地や江戸川乱歩ゆかりの家などを見学し、もうひとつの古き良き鳥羽の風景を体験しました。
今回は、二見浦~鳥羽に残る歴史深い街並を訪ねてきましたが、近年その風情は急速に失われつつあります。二見浦の木造3階建旅館のシンボルであった伊勢屋旅館が解体されたのも記憶に新しいし、さらに、賓日館ほどの名建築でさえ去就が心配されている事態です。幸い、地元有志の人達が「二見浦・賓日館の保存と活用を考える会」を発足し、その活動の成果が徐々に現れているそうです。
御塩殿の吉井さんのように、何十年何百年経っても誇らしげに語り継ぐことができる建築こそ地域の大切な文化遺産でしょう。それらを体験することで、保存していくことの重要さを我々ひとり一人が真摯に考えることができれば、今回のウォッチングの意味が見えてくるように思います。
御塩浜を案内していただいた羽田さん、二見館や朝日館のみなさん、鳥羽ガイドボランティアの方々、本当にありがとうございました。